ExecutionShip : 処刑船

処刑船

序 章

時は、2088年1月

「エルニーニョ南方振動だと?無知なキャスターだな。」
「この高気温は、偏西風と深海海流の蛇行のせいだ。」
「こんなキャスターは早くクビにしろ!」
「最近は、無知で、下品で、くだらない番組が多すぎる」
アダーム・ストイコヴィチは、今夜も壁一面の大画面ネットニュースを観ながらひとりで怒っていた。」
そこに、妻からのセルラーの音が。
「何だい?」
「ふ・ろ・・・プープープー」
「おいおい。もう少しまともな言い方はできないのか?」
「自分の通信会社だから通話料は無料だが。家の中同士でセルラーとは・・・」
愚痴りながら2階から階段を降りていると、息子のジョージとすれ違いざまに肩が触れあった。
「ジャマなんだよ、おっさん」

ストイコヴィチは、56歳。セルビア系ロシア人で、20世紀のソヴィエト崩壊の後に石油産業や自動車産業で富を得た富豪の一族である。
70年前に一族はアメリカ合衆国に移住し、ストイコヴィチはニューヨークで生まれた。
一族は、資源の枯渇と温暖化対策の為、石油産業が衰退して行く中で巨万の富を元に、エコエネルギー、通信、コンピューター、メディア業界等を牛耳り、世界最大級の企業に上り詰め、大統領を動かす程の権力者となっていた。

アフリカ系アメリカ人の37歳の妻サリーとは再婚、息子は妻の連れ子で、3年経った今も、「ダッド」とは呼んでくれず、高校も退学し、毎日遊び回って、お金を使い放題。

美貌と抜群のスタイルに惚れ込んで結婚した妻も、忙しく世界中を飛び回っている夫にあいそをつかし、今ではベッドルームも別々、顔を合わせるのは、週末の夕食の時位だが、会話は殆ど無い。日曜の礼拝も夫はロシア正教会、妻達はプロテスタントで、休みの日も行動がバラバラだ。

半分屋外にある大きな岩風呂に、独りで浸かって月を眺めていると、最近寂しさを感じる。
妻と新婚旅行で行った日本の田舎町の温泉が忘れられず、自分の前世は日本人だと感じた。早速、新居に造らせた半露天温泉だが、妻と一緒に入ったのは、1年近く前の事になる。

仕事でも、強引な経営で周りは敵ばかり、ライバルから事故に見せかけ、危うく殺されかけた事もある。たまに家に帰っても、楽しみは書斎に移動したベッドの上で昔のムービーを観たり音楽を聴く位で、ニュースやドラマを観ながら愚痴る事が増えてきた。

50年程前から、工業・農業等の生産業を中心に、単純作業は勿論、殆どのデスクワークも全てAIロボットが担う様になり、人間に残った仕事は創造的な仕事だけになっていた。
世界は経済中心の世界から、個人や地域の個性的な文化芸術を重要視する世の中に変わって来ていた。

また、量子力学の進化も大きな影響を世界情勢にもたらした。21世紀の初頭には温暖化対策の為に原子力発電所の増設や、過激な独裁者により核兵器を使った紛争が2度も起き、原子力利用の是非が論議されていたが、新しい発見により20世紀から進められてきた原子力開発が2080年に国連決議により世界中で停止された。

簡単に説明すれば、量子力学の研究が進み、不明であった素粒子の種類と存在が全て解明された。ニュートン力学も相対性理論も通用しない素粒子世界の更に先にも、物質の根源・宇宙の根源と言える世界が広がっていることが分かり、ビッグバン以前の宇宙の成り立ちやダークマターやダークエネルギーの組成も分かってきた。
そして、人類の行ってきた核融合や核分裂は、巨大な歪みを地球や人類に生み出してきていた事が判明したのである。

20世紀の天才物理学者のアインシュタインでさえ、素粒子の世界を含めた統一理論を完成する事が出来なかったのに、無知で愚かな行為を100年以上も続けてきていた事に、やっと人類が気付く事になった。
それを受け、世界各国の政府や宗教団体が主導し、地球人の新しい道と人間の生き方を模索し始めたのである。

そんな中でストイコヴィチは、2年前から国防省やCIAと秘密裏に進めてきた計画があり、ストイコビッチは、その計画に1千億ドル近い多額の出資をある財団へ行っている。
表向きには、国連が主導しているのだが、世界平和の為に異人種や異宗教間の心理の隔たりを解消し、将来的には国境を減らしてゆく、という壮大な研究をする財団となっている。

1章  大統領夫人晩餐会

2088年9月13日は、ホワイトハウスでの大統領夫人主催の晩餐会。
勿論、ストイコビッチ夫妻も招待されたが、妻はイタリアに用事があると言って、お昼過ぎに自家用機で遊びに行ってしまった。妻の代わりに同伴したのは、ハンサムな大統領に会いたいという、ミーハーな妻の友人である。

「ハイ、アモ。元気かい?」
「はい。大統領。お陰様で忙しくやっています」
「大統領も、お元気そうで。何よりです」
「こちらは、家内の友人のジェンです」
「初めましてマダム」
「初めまして。大統領にお会いできて光栄です」
「ありがとう。今夜は楽しんでください」

「ところで、アモ。」と、大統領が耳元で囁いた。
「例の件は進んでいるかい?」
「はい。順調に進んでおります」
「楽しみにしているよ。良い報告を待っている」
「それと、来年の選挙も頼むよ」
「はい。大統領。おまかせを」
「その次は、君の番だね」

晩餐会には、世界中から各方面のお歴々が多数参加していた。その会話の多くは、何10年間も低迷した世界経済や気候についてであった。先進国の殆どの首都が夏はとてつもなく暑く、冬は極寒という状態で、ワシントンでも10月に入っても35℃を超える日があり、先進各国の農業や漁業でも干ばつや冷害、巨大ハリケーン・竜巻等の被害が続発していた。
先進国の多くの首脳や経済人は、途上国や高緯度地域への移住や避暑地確保、タックスフリーの経済交流を模索していた。

大統領の短い演説の後、拍手で大統領を見送った後も、世界の経済人と閣僚達の熱い討論は終わらなかった。
しかし、ストイコビッチに話しかけてくる財界人はおらず、ジェンがもっとスター達との会話を楽しみたいと言うのを引っ張る様に早々と引き上げ、ジェンを自宅へ送り届けた。

2章 ノーベル心理学賞

ストイコビッチは自宅へは戻らず、心理学者として初めてノーベル賞を受賞した、リードマン教授の自宅がある郊外へと車を向けさせた。ワシントンの街は、今夜も蒸し暑い夜になりそうだ。

「やあ、カロリーネ」
「今夜も綺麗だね」

カロリーネ・ユキ・リードマン教授は48歳。ドイツ系の父親と日本人の母を持ち、知性や教養はノーベル財団にノーベル心理学賞を新設させた事でも伺えるが、30代前半にしか見えないその美貌と若々しい白い肌は、誰をも虜にする色気があった。

「あなた、お食事は?」
「食事はいい。ブランデーを頼む」
「分かりました」
ふたりはソファーでブランデーをなめながら、話し始めた。

「例の、密室での集団心理誘導の実験はどうだ?」
「プログラムは進んでいるわよ」
「今、どの位で?」
「自然に洗脳を行うには、まだ最低3ヶ月の隔離が必要ね」
「そうか、随分と進んだが、もう少し短期化が必要だな」
「2ヶ月程度ならば、海に潜行したままで航行が出来るのだがね」

「船の建造は進んでいるの?」
「日本からの報告では今、内装を行っているらしい。来年初めには試験航海ができるだろう。潜水部分は完成し、各部の機械動作チェックに入っている」
その船は、巨大な双胴船で、下に独立した潜水艦を抱えるような構造になっている。
「全長500メートルの巨大でハイテクノな船だから、チェックにも時間が必要だ」

「でも、どうして船なの?陸上では何故ダメなの?」

「それには、訳が有るけれど、今は国家機密で話せない」
「いつも、国家機密ね。私の事も奥さんには国家機密?」
「そう、言うな」

「家内とは、もうお互いの生活に干渉しない事にしているし・・・」
「そのうちに、分かれてやるから金をよこせ、とか言ってくるだろう」
「今も、若い男とイタリアに向かっている。機内のモニターカメラで筒抜けなのにな」
「怒らないの?」
「結婚1年で、愛情は醒めていたし、あいつも金目当ての結婚だったのだろう」
「侘びしいのね」
「金が有りすぎるのも、考え物だ」

「君は何故結婚しない?」
「私は、両親が学生結婚で、とても貧乏だったから」
「母の絵描き用のパンを3人で分けて食べた事もあったわ」
「ペット用にと言って、パンくずを沢山貰って来たり」
「そうは、なりたくなくなくて、私は働きながら、がむしゃらに勉強を続けた」
「だけど、ノーベル賞の賞金を貰っても、ちっとも嬉しくなかった」
「喜びを分かち合える家族が居なかったから」

「今になって思い返すと、あの頃の両親は生き生きとして幸せそうだった」
「食べる物が無い日でも、笑いが絶えない、明るくて楽しい家族だった」
「でも、私が15歳の時に、労働者だった父が突然リストラされ、鬱になって自殺」
「母は、父の苦しみに気付いてあげられなかった事で自分を責め、1週間泣き叫んで父の後を追って、自殺した」
「だから、私は心理学を学びだしたの」
「家族の苦しみを分かってあげたくて」
「でも、無心になって勉強していて、ふと周りを見ると誰も居ない。皮肉なものね」

「ご両親は、本当に愛し合っておられたんだね。羨ましいよ。俺は疲れたよ」
「俺の父も祖父も働き者で、一度も父の眠っている姿を見たことが無く、遊んでもらった記憶も殆ど無い」
「自分こそは、子供や家族との時間を大事にしようと思ったが、父と同じことをしてきた」
「来年、この計画が無事に終わったら、ふたりでゆっくりと日本に旅行に行こう」
「日本は、私も懐かしい故郷に感じるわ。住みたいくらい」
「まだ、今から幸せになれるさ。まだ、人生の半分だ。これからだよ」

3章 Puro号進水

翌年2089年1月24日、いよいよその日がやって来た。船の船籍は日本、船名はPuro号(純血)と名付けられてた。
昨年末に進水し、1ヶ月の試験航海を無事に終えた巨大な船体は、カリフォルニアのサンディエゴ海軍基地に接岸した。正確には沖合200メートルに停泊した。
Puro号の全長は約550メートル。幅150メートル。乗客1万人、総トン数50万トンを超える双胴船で、更に中央下部には、独立した潜水艦を水中にぶら下げており、8500人が搭乗し、半年以上潜水状態で生活可能である。

3日前から大量の食料品を始め、生活物資を積み込んでいる。Puro号号は、明日から1年間の無寄港航海に入るのである。
この船のミッション発表は1年前。全世界で選考された100万人に財団の目的と報酬50万ドルを説明した上で、参加を希望した約30万人の中から更に厳選されたエキスパートが3ヶ月前に集められ教育された。今日は、明日の出港を前に、乗船前の最終健康診断が行われていた。
その数、13000人。船のクルーや実験スタッフ、警備員などが約3000人。政治家は勿論、法律家・経済人・軍人・芸術家・農民・教師・牧師・僧侶・エンジニア・マスコミ関係等々・・・殆どの業種・人種・宗教の世界的エキスパートが集められた。さながら現代の人類版ノアの方舟である。

その中には、何故かストイコビッチの妻や気に入らないニュースキャスターも特別に含まれていた。妻のサリーは、超豪華客船での世界観光旅行だと思い込んでいるようで、ブランド物のスーツケースを20個近くも準備していた。

実験終了時には、潜水艦を切り離して、本当の超豪華客船に変身する計画であるが・・・。

4章 Puro号出港

基本理念

ミッションの基本理念は、一言で言えば「平等」である。1年間の航海は、全て公海上のみで、どこの国にも一切寄港しない。その中で参加者は、世界統一思想という最終目標を目指し学習や共同作業を進めてゆく。
過去の階級、性別、年齢、国籍、宗教や個人的利害も全く関係無いという事を基本的な判断基準として行動を起こしてゆくことが必要となる。
それに反する言動をとった者は、万国法をベースとしたPuro号独自の法廷により厳しく裁かれる事となる。

この実験は、逃げる事が不可能な閉鎖環境の中で、どこまで他人と協調し、協力し合う事が出来るか?、それをどの位維持継続出来るのかを試し、参加者全員が、1年間培った人類愛を携え帰国し。その結果を行動で全世界に広めて世界平和の基盤とする為の実験である。
その為に、全参加者各人各様の人生観、宗教観を根本的に掘り起こした上での心理と目標統一という、有史以来の人類文化変革の礎としなければならない。
過去の多くの哲学者や独裁者が唱えたユートピア。ジョン・レノンが唄った平和な世界のイマジネーション。人類史上多くの戦いで死んでいった数え切れない兵士、地雷や爆撃、原爆で命を絶たれた多くの市民。それを嘆き悲しんだ母親達の為に。

この実験は、今後の地球環境にとっても大きな岐路となるであろうし、万一地球に住めなくなり、将来人類が宇宙へと旅立つ時の為にも、大きな試金石となる巨大実験である。
格好を付けた理想論的な夢物語で、高校生からも笑い飛ばされそうだが、心理学者にとっては最高の実験研究機会であると言えるだろう。
10人レベルの実験は、20世紀末から、NASAを始めとして各国で研究は進められたが、1万人レベルの実験は人類史上初めてである。
ストイコビッチの推薦を受けたリードマン教授が、その心理実験の先頭に立っている事は言うまでもない。
多くの参加者や研究者達、アメリカ政府を始め世界各国の様々な想いを乗せて、ひとつの街とも言える巨大船Puro号は、1月25日朝、1年間の長旅に出港した。

5章 実験開始

早速、船上で行われたのは無作為のグループ分け。言語も宗教も年齢も関係なく作業のグループや男女別の部屋割りが決められた。掃除や食事等の日常生活の時間割や当番は、各グループにて自由に決める様に指示された。
参加者は気付いていないが、心理実験・観察は乗船の時点で始まっていた。船内には5千台を超す自動顔認識カメラが隠して設置され、制服にはマイクロチップと小型カメラやマイクが組込まれていた。
そして、船長以下、乗船スタッフも研究員も全員知らない事であるが。実は、船内スタッフ全員も実験対象に含められ監視されていた。

画像や会話、体温、発汗、心電図、脳波等のデーターは、専用の静止通信衛星4台と周回衛星8台で中継し、財団本部地下10階から15階のスーパーAIサーバーに直接送られ、一人ひとりの言動が自動的に翻訳・分析・採点がなされている。

このAIサーバーは、ストイコビッチが15年程前に設立した新しいコンピューター会社ASで開発された。
ASは二十世紀に開発された2進数をベースとしたデジタルコンピューターの概念を完全に捨て去り、アナログコンピューターとアナログOSを発売した。
十年前まで市場をほぼ独占していたMS社であるが、巨大なユーザー数故にアナログへの転換が直ぐに出来なかった為、AS社はMS社を一気に追い越した。今や世界中の工業機械・電器製品・コンピューター・セルラーフォン等の殆どに搭載されている。ASに同調して直ぐにアナログに移行したApp社と6対4の割合でパソコン市場を独占している。

財団のAIサーバーに使用されたCPUは、三次元構造に64のコアを持つ光バイオチップで、メモリーやI/Oも1センチ角のチップに内蔵し、個々のチップが直接高速通信回線に繋がっている、これでひとつのコンピューターと言える。
そのチップを300万ノード使ったAIサーバーは、各ノードも脳神経の様に、立体的に細い光ケーブルと動力源である塩水用給水管で互いに接続されている。
外部メモリーも光バイオ記憶装置を使っている為に、同時に200万回線のスーパーハイビジョンデータを自分で振り分け同時に処理する事が出来、10万PFLOPSという、とてつもない計算能力と人類の歴史を全て記録しても余りある程の記憶容量を持つ人工知能で、その各々のチップや配線が生き物の様に光輝く姿は芸術的に美しい。
このAIサーバーは、自らのOSを改善したり、配線の効率化を自ら設計者に提案する事が出来るという。コンピューターが世に登場した頃から言われていた「人工知能」と言う事が出来る初めてのコンピューターと言えるだろう。

勿論、Puro号の各部署にも小型のAS社製コンピューターや電子機器が配置されている。

「何?この部屋。部屋を、スイートルームに変えて」
「この野暮な作業着は何なの?」
「私の荷物は何処に行ったの?」
「私の主人はストイコビッチよ。知らないの?」
「何故セルラーが通じないの?主人に連絡して、私を直ぐに船から降ろして」
サリーが集会場で叫んでいた。

「ミセス ストイコビッチ。お静かに。」
「貴女のご主人がどなたであろうと、今の貴女はこのプロジェクトのメンバーの1人にしか過ぎません」
「メンバー活動に同調しなければ、もっと困った事になりますよ」
「この船から降りる事は、1年間誰も出来ません」

「皆さん、こんにちは。私は船長のナカヤです」
「この船は先程、太平洋の公海上に出ました」
「現在速度は30ノットで、順調に航行しております」
「公海上では、皆様は基本的に国際法と船籍である日本の法律の元に置かれます」
「1年間、宜しくお願い致します」
「それでは、良い航海をお楽しみください」

続く
©Umetarou

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