最後のスポーツカー

第1章

今日も残業だった。武司はBWと本多による共同開発車のエンジン開発チーフになって2年目。世界中のマニアが待っている最後のガソリンエンジン搭載スポーツカー発売に向けての最終段階にきていた。
20世紀に男達を熱くさせた二つのメーカーが、夢を掛けた究極のスポーツカーを開発する計画が持ち上がったのは2020年夏のことである。
中東情勢の悪化が止まらず、原油価格は高騰を続け、原油価格が1リットル1000円に迫ろうという中で、ガソリンはもとよりディーゼルエンジンの車さえも生産が減り続け、EVや燃料電池車を作るメーカが増えていた。
武司たちの開発チームは、過去最高のレスポンスを持ち高馬力で低燃費のエンジン開発に力を入れていた。そして、耐久年数を20年以上にせよ、という無理難題をトップから受けていた。
それは、ガソリン車が無くなっていく中で、世界中の車マニアは、どんなにガソリンが高くなってもガソリンエンジンの咆哮を求め続けるだろう、というトップの判断だった。
ドイツとイタリアのスタッフとのテレビ会議が終わったのは、深夜1時。武司は最終デザインの案を見比べながら会社の25階にある仮眠室に向かうエレベーターに乗った。
「その後は、どうなる?」武司は、ずっと前から考えていた。「ガソリン車が無くなってしまう頃の世界は、どんな世界なのだろうか?」
そこへ、エリカが乗り込んできた。
「ハイ、武司。お疲れ!」
「やっと会議が終わった。あの本部長は、40年前のフェラーリの音と振動にこだわっている。頑固で困る」
「私は、YouTubeでしかフェラーリを見た事が無いわ」
「今日は疲れたから、また明日!」
「俺も、休憩室で休むヨ」
エレベーターから降りた武司は、後ろ向きのままエリカに手を振って仮眠室に向かった。
武司は部屋に入ると、真っ直ぐベッドに飛び込んだ。
そして、すぐに深い眠りについた。

第2章

まぶしい白い空をずっと飛び続けながら「これは夢だな」「どこに行くのだろう」と武司は考えていた。
いつもの夢の様に、自分で動こうとすると体は思った様に動かず、もどかしい中で何かから逃げる様にどこかに向かっていた。
しばらく飛んでいると、先のほうに雲の晴れ間が見えてきた。その瞬間、武司は浜辺に居た。真っ青な空。その澄んだ空に負けない碧く澄んだ海。湿り気の無い風も心地良かった。
「今時、こんな海は南太平洋でも見られないぞ」「俺は、どこに来たんだ?」「これがあの世か?」
「まさかね。見たことも無い所を知っているはずは無いよね」夢だと分かっていながら、冷静に判断をくだそうとする自分が可笑しかった。
武司は、ぼんやりと海と空を見続けていたが、それは、映画で見た昔の地球の様であり、懐かしい故郷に帰った気持ちだった。
ふと山の方に目をやると、山の麓に都市があるのが見えた。「ずっと空や海を見ていたのに、飛行機も船も通らなかった」「ここは、どこなんだ?」「街には人は居るのだろうか?」
武司は街に向かって歩きながら、エリカに手書きのメールを送った。
「さっきは愛想悪かったネ!ごめん。ちょっと考え事が多くて疲れている。付き合って1年経ったね。今度の休みにドライブに行こうか?」

どれだけ歩いただろうか。夢の中なのに眠くて半分目が開かない。樹海の中を歩いていると、道に迷ったのか、と不安になるし、周りは段々と暗くなり始めていた。
更に30分ほど歩いただろうか。やっと視界が開けて、街が見えてきた。
まだ、街灯は点いていない夕暮れの街。何か変だ。誰も居ないし、広い道に車も走っていない。何も音がしない。異様に静かだ。街の匂いも人の気配も無い。
「でも、本当に綺麗な街だ」「道路も家々の壁も綺麗でゴミひとつ落ちていない」「空気も澄み切っている」
「理想的な街だな」「俺が住みたいのはこんな街かな?」
そんなことを考えながら歩いていると、道端にひとりの老人が座っていた。
「こんばんは」
「ほう、何を考えてなさる?」「深刻な顔をして」
「いえ、あまりに街が綺麗なので」
「当たり前じゃよ。車が無くなってからは空気も水もおいしくなった」
「子供の頃、曾爺さんから昔の田舎はこうじゃったと聞いたことがある」
「綺麗な夕焼け空に真っ赤なトンボが飛び交い」
「小川にはメダカやアメンボが沢山いたそうじゃ」
「えっ!車が無くなったんですか?」
「今はいつなんですか?」
「あんた、何を言っている?頭でも打ったのか?」
「病院はあそこじゃよ」「連れてゆこうか?」
「いえ、大丈夫です」
「車は何故無くなったのですか?」
「ガソリンが無くなってしもうたたし、温暖化ガスを出す機械は使えなくなってしもうた」
「大昔、ホンダという会社があって、子供達に青い空を残してやりたい、と低燃費エンジンを開発していたらしいが、とうとう車を造るのをやめてしもうた」
「私も、親父のNXRが好きじゃった。勝手に乗り回してよく怒られたものじゃ」
「その、NXRはどうなりました?」
「まだ、こっそり倉庫に直しているよ」
「え!、是非見せてください」

第3章

「タケシ。どうして昨日電話に出なかったの?」
「何度も電話したのに繋がらなかったヨ。電源を切っていたの?」
「ごめん、ぐっすりと寝ていた」
「でも、凄いアイデアを思いついたよ。これでNXRは完成に近づいた」「今から社長に話してくる」
「後で、詳しく話してね」「でも、昨日の夜中3時のメールは何?」
「ドライブはいいけど、携帯修理に出したら?メールの日付が2088年だったよ」

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